『親日指数世界一の国!インドネシアが選ばれるには理由がある』
「今のジャカルタは,こういった玉石混交の資本主義ビジネスの草刈り場になっているようです。」(後掲p200)
尊敬するビジネスマンである茂木正朗氏が
出版なさったというので、さっそく拝読しました。
インドネシアにご興味がある方だけでなく、
ビジネスパーソンを目指す方にひろくお薦めです。
インドネシアは、私も大好きな国です。
この国こそが、私に「外国」という単語をもたらしたと思います。
(1) 50年ほど昔,
私がまだ幼稚園の頃のことだったでしょう。
隣家のA氏が我が家で、父とビールを飲み始めました。
新興住宅地でのことなので、家族構成も似通った父親同士です。
ひとしきり戦争体験の話題が終わると、互いの仕事の話しです。
A氏は、インドネシアというところで戦後補償の仕事をしていて、
現地に単身赴任していたのでした。
めずらしく帰国中なので、お隣同士でビールだったのでしょう。
A氏は,私には少し大きすぎる半袖シャツを,お土産にくださりました。
カラフルなパターン模様がとても綺麗でした。
その半袖シャツが,私に,外国への好奇心を芽生えさせ、
インドネシアはその後も、興味深い国となりました。
<BATIK(ジャワ更紗)>
(2) インドネシアへの初訪問は、スハルト政権末期のことでした。
友人がジャカルタ勤務になったので、訪れてみたかったインドネシアにおじゃました。
友人は赴任してからほんの数ヶ月でしたが、
運転手とインドネシア語で打ち合わせをしていることに驚きました。
しかも,その運転手がタクシーではなくて,彼専属の使用人であるということにも。
当時の駐在員は,最低3人ほどの使用人を雇うことになっている,ということでした。
アメリカ系の法律事務所がインドネシアの立法を受注している頃であったので,
「日本から輸出するとすれば、行政指導だな。」
などと、語りあった時代です。
(3) 次の関わりは、
弊法律事務所への学生アルバイト採用面接で,でした。
聞いてみると、98年ジャカルタ暴動があったときに、
駐在員の家族として高校生だったそうです。
暴動のニュースが入った時には両親ともに外出中だったので,
生命の危険を感じたけれど,
使用人達の機転で、空港まで送り届けてもらったというのです。
とても優秀な法学部生だったので、司法試験受験をすすめましたが、
商社に就職して、インドネシアの大学に留学しました。
リンク: インドネシア情報局 98年 インドネシア暴動後の写真.
<ガルーダ像>
(4) インドネシアはアジア通貨危機により、
97年10月には、IMFに経済介入を要請する事態になっていました。
同国からは日本へも支援要請があり、司法制度分野での協力をすることになりました。
弁護士会へ、JICA経由で、
「どのような協力が出来るかの調査」
に協力依頼があり、弁護士会から私に打診が来ました。
上記のご縁があるインドネシアのことなので、
私は平成15年(2003年)に,10日間ほど,法曹三者による調査団に加わることにしたのでした。
驚いたことに、
現地ではすでに日本の警察が捜査技術の教育等をはじめており、
「交番」制度を勧めているとのことでした。
しかし,インドネシアの弁護士から、
「刑事被疑者の取り調べに弁護士が同席しても、発言・助言が出来ない。」
と法制度の後進性を訴えられたときには,赤面したことを良く覚えています。
日本では、今日でも
取り調べに弁護士が同席すること自体が,認められることはないのです。
私たち調査団の報告結果を実施に移すべく、翌年には、
私が勤務弁護士時代におせわになった法律事務所の
後輩弁護士がジャカルタに赴任しました。
(5) 下の写真は、
バリ島での学会(のような集まり)で記念撮影してもらった写真です。
2005年と書いてありますから,すでに7年も前なのですね!
<バリ島の舞踊家たちと>
幼いときに隣のA氏から戴いたのと同じ柄のシャツを見つけたので、
お土産に買い求めました(一番上の写真)。
私は,この写真もインドネシアも,大好きです。
どうかいつまでも,インドネシアが親日国でありつづけますように,
お祈りします。
<<お薦め>>
『親日指数世界一の国!インドネシアが選ばれるには理由がある』
著者:茂木正朗 B&Tブックス
p94
この現象は1980年代のカラオケクラブとよく似ています。その頃のジャカルタでは、日本人も韓国人も同じナイトクラブで夜を楽しんでいました。それば時を経て、いつの間にか両者の棲み分けが完全にできあがってしまいました。工業団地もそうなっていくのでしょうか。
<<注>> パンジェラ
インドネシアには、日本軍政終了直前にスカルノが宣言したパンジェラという確固たる国是が存在する。
リンク: パンチャシラ - Wikipedia.
その建国5原則は現在、以下の順番で数えられている。
唯一神への信仰 (Ketuhanan Yang Maha Esa)
公正で文化的な人道主義 (Kemanusiaan Yang Adil dan Beradab)
インドネシアの統一 (Persatuan Indonesia)
合議制と代議制における英知に導かれた民主主義 (Kerakyatan Yang Dipimpin oleh Hikmat Kebijaksanaan, Dalam Permusyawaratan / Perwakilan)
全インドネシア国民に対する社会的公正 (Keadilan Sosial bagi seluruh Rakyat Indonesia)
1945年憲法の制定に先立って1945年6月1日、日本軍政末期に開かれた独立準備調査会で、スカルノが発表した5原則が、その前身となっている。そこでは、インドネシア民族主義 (Kebangsaan Indonesia)
国際主義ないし人道主義 (Internasionalisme)
全員一致の原則ないし民主主義 (Musyawarah Mufakat)
社会的繁栄 (Kesejahteraan Sosial)
唯一神への信仰 (KeTuhanan yang Berkebudayaan)
という順序になっている。ここで第5項に並んでいた「唯一神への信仰」が、現今のパンチャシラでは第1項に挙げられるようになっている。
<<おまけ>>
リンク: フェイスブックで逮捕された無神論者 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト.
[2012年2月 8日号掲載]
インドネシアで「無神論者」であることを公言するのは自殺行為らしい。ある男性がSNSのフェイスブックに「神は存在しない」と書き込んだところ、怒った人々に襲撃されたばかりか、警察に逮捕された。
インドネシアでは、イスラム教、プロテスタント、カトリック、ヒンドゥー教、仏教、儒教の6つの教えが公認されているが、無神論は違法。・・・・・・・・・
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